「朱元璋 皇帝の貌」小前亮(講談社、'10.11.2)

陳舜臣の「小説十八史略」はわたしの愛読書の一つだが、扱う時代の範囲は原作者の曾先之と同じ南宋の滅亡までである。この本の中では、新しく王朝を創設した英雄(梟雄)たちの破天荒な人物像が、生き生きとした興趣あふれる筆致で描かれている。殷を倒し周…

「狂人日記」色川武大著(講談社文芸文庫:'04'9.10)―襟を正して読む

この作品の主人公がまとっている狂気の正体は一体何であろう。著者にダブらせて<ナルコレプシー>と言いたいところだが、これは違うだろう。主人公が見る幻覚は、この病気特有の入眠時幻覚などという生やさしいものではない。 また、この小説で唯一、医師の…

「怪しい来客簿」色川武大著(文春文庫'89.10.10)―行間にうごめく存在の不気味

手元に2冊の文庫版「怪しい来客簿」がある。一つは角川文庫版で、昭和54年5月30日再版(写真左)である。もう一つは文春文庫、1996年(平成8年)7月30日第5刷(写真右)である。解説はともに長部日出雄氏だが、後者には色川氏が亡くなった後に書かれた付記が…

「謀略法廷」上・下 ジョン・グリシャム著(白石朗訳、新潮文庫:H.21.7.1)―読者を愚弄するふざけた結末!

この小説の帯裏(上巻)には、<本書はアメリカ腐敗の現状を描き切った小説>という解説の杉江松恋氏の言葉が載っている。 もっとも、アメリカの政・官・財の癒着と腐敗はつとに知られたことで目新しいことではない。遥か昔、アイゼンハワー大統領が辞任する…

「クリーピー」前川裕著(光文社、'12.2.20)後半は自分の仕掛けた理屈に自縄自縛となって,駄作になった傑作

一気に読ませる力はある。ただし、文章が、人間心理を抜かりなく丹念に表現しようとして、やや理屈っぽくなっている。いかにも大学教授の作者らしい。 ヒントにしたのは、多分<世田谷一家殺人事件>、<坂本弁護士殺人事件>といった現実の事件や、映画では…

映画「死の接吻」と「太陽に向かって走れ」を見る。 VIVA!リチャード・ウィドマーク

今回は読書からは少し横道にそれて、映画の話である。 3月に埼玉県から都内に引っ越した際、1000本近くあったビデオ(おもに映画や音楽のライブを主にNHK・BS放送などから録画したもの)をすべて処分した。引っ越し先のマンションが狭いことと、録画媒体とし…

ちょっと一服(4)「哲学者の密室」−15年前の感想のお粗末?

引っ越しの荷物整理をしているときに、古いノートブックが何冊か出てきた中に読書感想を記したものがあり、笠井潔の「哲学者の密室」の読後メモを見つけた。この本読んだ日付は平成9年11月28〜29日と記入してあり、この本がカッパ・ノベルスから出版されたの…

「闇先案内人」大沢在昌著(文藝春秋、H.13.9.15)−これもゴミか?

ギャビン・ライアルの「深夜プラス1」に似た設定。お定まりの登場人物とお定まりの展開。警察、ヤクザ、三国人、「夜逃げ屋本舗」や「トランスポーター」を思わせる職業の主人公。(もっとも、後者が日本で上映されたのは平成15年だから、この大沢作品のアイ…

「容疑者Xの献身」(東野圭吾著、文藝春秋'05.8.30)−絵空事!

世評の高いこのミステリーを読んで、先ず感じたのが、”絵空事”だ、ということであった。 東野作品では、今まで「白夜行」1冊を読んだだけであり、もともとあまり好みの作家ではなかった。 (証文の出し遅れ感を厭わず)今頃になって手に取ったのは、職場の同…

「国家の闇」−日本人と犯罪<蠢動する巨悪>一橋文哉著(角川oneテーマ21:'12.3.10) もっと凄いのは<国家が闇>!

著者の作品を初めて読んだのは、当時愛読していた「新潮45」の”かいじん21面相”についてのドキュメントであった。(1995年) 本書の著者略歴では、著者は”本名など身元に関する個人情報はすべて未公開”となっているが、既にWikipediaなどで、元サンデー毎日…

「大往生したけりゃ医療にかかわるな」中村仁一著(幻冬舎新書、’12.01.30)

この手の本にはいささか食傷気味だ。幻冬舎新書は死に関する本を随分熱心に刊行している。このブログで紹介するのも、「死にたい老人」及び「日本人の死に時」に続いて三冊目である。それでも自分が年を取ったせいか、つい手を出してしまう。 しかし、<はじ…

「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン著、青木薫訳:新潮文庫、平成18年6月)

私のような生来数学的思考回路を辿ることを不得手としてきた人間が、果してこのような専門的な数論に取り組んだ著作を最後まで読みとおせるのか、大いなる不安を持って読み始めた。しかしそれは見事に杞憂に終わった。それどころか、ピュタゴラス、エウクレ…

「数学的にありえない」(アダム・ファウアー著、矢野誠訳:文春文庫、09.08.10)

驚いたのは、今年の1月15日に”Nature Physics”電子版に掲載されて世界中で話題になった<小澤の不等式>の実験実証の7年も前に、小説とはいえ(この小説は、アメリカで2005年に発表された)、登場人物の一人(トヴァスキー)の口を借りて、ハイゼンベル…

「日本人の死に時」(久坂部羊著:幻冬舎新書、07.1.30) 国家による建前論の制度設計が介護保険制度を危機に陥れている

医師であり作家でもある著者が、自らの臨床体験から、長寿社会を誇る日本の高齢者にとっての、あるべき終末観について平易かつ明晰に語った書。5年前の著書であるが、著者が医師として多くの老人の死を看取ってきた体験に基づく苦渋に満ちた分析と考察に、む…

「俳句観賞450番勝負」(中村裕著、文春新書、07.7.20)は、面白うてやがて悲しき・・・

一読感じたのは、俳句は言葉では掬い上げられない世界を、言葉を用いて言葉の伝達機能を飛び超えた玄妙な働きで表現したものだ、ということである。となれば、勿論俳句を論理的な解説で捉え切ることはできない。俳句の解説を読んで、いつも隔靴掻痒の感を免…

ちょっと一服(3)怪しいぞ、首都直下型大地震情報

このところ連日、週刊誌もテレビも大新聞も夕刊紙もみな首都直下型大地震の情報でてんこ盛りである。率直な感想を言えば「ほんまかいな?」である。何と、今後4年以内にマグニチュード(M)7級の地震の起きる確率が70%と言うのだ。 新潟地震も、北海道南西…

「死にたい老人」(木谷恭介、幻冬舎新書’11.9.30)を読んで、自死について考える

’11年12月4日の「死ぬ気まんまん」の中で、木谷恭介氏の断食による餓死の試みに言及したが、標記の本は木谷氏本人によるその自死決行の記録である。 読んで感じたのは、人の生への強い執着である。飽食のこの日本で餓死をした人のケースを見ると、そうした方…

ちょっと一服(2)ユーロ危機拡大―ギリシャのデフォルトはあるか(竹森俊平氏の論説を読んで)

日本で最も信頼できる経済学者の竹森俊平氏が1月22日の読売新聞でユーロ危機について書いている。(「地球を読む<ユーロ危機拡大>」) まあ、新聞を読めば分かることで、無駄なことをしているようで面映ゆいが、ギリシャはデフォルトに陥るのか、それが今…

「緋色の研究」(コナン・ドイル:延原謙訳、新潮文庫)―”モルモン教”は<カルト集団>か?

2012年のアメリカ大統領選挙の共和党有力候補として、前マサチューセッツ州知事の”ウィラード・ミット・ロムニー”が本命視されている中で、彼が敬虔な<モルモン教徒>であることが焦点となっている。この点が、特にティー・パーティーからは、知事時代の州…

「ソクラテスの弁明」(2) 未だに現代を照射続けている偉大なる知の書物

この書については、従来、岩波文庫の久保勉氏の格調高い翻訳に親しんできたが、この度三嶋輝夫氏の比較的新しい訳(講談社学術文庫、1998.02.10)を読んでその明晰さに感銘を受けた。そこで、この訳に基づき初歩的なおさらいをした上で、現代にも通ずる何ら…

「ソクラテスの弁明」(1)出隆先生の小さな思い出

年末を控え、今年中に片付けなければならない仕事が山積し、ゆっくり本を読む暇がない。そんな間を縫って読んだのが、岩波文庫の「ソクラテスの弁明」(久保勉訳)であった。遥か昔に読んだこの古典を再読しようとしたきっかけは、産経新聞に連載されている…

「虚貌」雫井脩介は読ませる駄作

美濃加茂の運送会社社長一家が襲われるところまでは、トルーマン・カポーティの「冷血」のような作品になるのではないかと期待したが、作者のトリッキーなミステリーへの志向が強すぎ、また荒唐無稽なトリックを活かそうとする独断的なドラマツルギーにとら…

死ぬ気、まんまん!(「週間現代11.05号の”大研究シリーズ”のタイトル)

なぜだろう?「週刊現代」も「週刊ポスト」も、最近立て続けに『死』に関する特集を組んでいる。その記述の傾向はほぼ一致している。悪あがきしないで、時宜を得た人生の終焉へ向けて達観することの薦めといったところだ。例えば、 1 「週刊現代」 2011.11.…

「うつ病の脳科学」精神科医療の未来を切り拓く 加藤忠史著(幻冬舎新書、09.9.30)はうつ病の病変解明の科学的アプローチへの模索である

本書は、「はじめに」で著者が述べているように、うつ病を引き起こす脳の病変を明らかにしようとする脳科学の最先端の状況とその成果を綴った刮目すべき著作である。 著者の加藤忠史氏は、本書のプロフィールによれば、東大医学部付属病院講師などを経て、現…

「人間的強さの研究」(小島直記)と「読書について」(ショーペンハウエル)を読んで考える、”本を読むことは良いことか”

読書日記と称するものを書いているが、いつも脳裏を去らぬ大きな疑念がある。 それは、ざっくりと言って”本を読むことはそんなに良いことなのか”という疑念である。 小島直記の「人間的強さの研究」(竹井出版、平成3年5月)は私の愛読書の一つだが、その第…

「観念的生活」中島義道著(文春文庫、11.5.10)に見る観念的死生観の虚実

中島義道先生のこの本で興味があるのは、飯の種である哲学論議そのものはなく、各章の本論への序奏になっている、あるいは一種の箸休めになっている著者の哲学的(?)私生活や、その折々に呟くようにこぼれ出てくる老年の感懐と死生観である。(以下、敬愛…

「レッド」今野敏(ハルキ文庫、オリジナルの単行本は1998年刊)は、福島原発事故の預言の書か?

内田樹によれば「いくつか例外はあるが、全体として文学作品は売れていない。なぜか。身も蓋もない言い方をすれば、それは提供されている作品のクオリティが低いからである」(中央公論11月号「地球最後の日に読んでも面白いのが文学」) さて、作家今野敏は…

「年収100万円の豊かな節約生活術」山崎寿人(文藝春秋、11.6.25)を読んで、伯夷・叔斉の生きざまを想う。

この本の売りは、題名のとおりの極度の節約生活と、その著者の華麗な経歴との落差にある。この落差がある種の読者にとって精神安定剤的な働きをすることになることは、容易に推測できる。編集者の狙いもその辺あったろう。老若男女を問わず就職難にあえぐ今…

「グローバル恐慌」浜矩子著(岩波新書、09.1.20)― 読むのが遅きに失したか?

この本は刊行が09年1月、本書の「おわりに」の日付は08年12月で、まさにリーマン・ショックが起きた08年9月15日からまだ間もない時期に書かれている。強靭な思索力に加えて快刀乱麻を断つごとく難題を次々と裁く手綱も鮮やかな、読んでいてまことに痛快な本…

わが愛読書(2)「斎藤茂吉歌集」(岩波文庫、S50.6.20)―茂吉の没年と同じ年齢となった今、「白き山」が心に沁み入る 

1昨年8月の約1ケ月の入院のとき、昨年9〜10月の10日ほどのドイツとチェコの旅行のとき、いずれも手元には必ず岩波文庫の「斎藤茂吉歌集」があった。もうすっかり古びて、頁も焼けて紙の縁が黄ばんでしまっているが、愛着があって買い替えることができないで…