「クリーピー」前川裕著(光文社、'12.2.20)後半は自分の仕掛けた理屈に自縄自縛となって,駄作になった傑作

一気に読ませる力はある。ただし、文章が、人間心理を抜かりなく丹念に表現しようとして、やや理屈っぽくなっている。いかにも大学教授の作者らしい。
 ヒントにしたのは、多分<世田谷一家殺人事件>、<坂本弁護士殺人事件>といった現実の事件や、映画ではティム・ロビンスの<隣人は静かに笑う>や、トム・ハンクスの<メイフィールドの怪人たち>などであろうことは、容易に想像できる。

(なお、以下の感想にはネタばれとなるストーリーが含まれています。)

 第6章の「幻影」で一挙に10年後に時間が飛ぶが、この章は今までいろいろ仕掛けてきたややこしい伏線に合理的説明を付けようと苦労している様子が見え、一挙に物語のヴォルテージが下がってしまう。終盤、自分が組み立ててきたロジックの辻褄合わせに、完璧主義者と想像できる作者が自縄自縛に陥ってしまって、先細りのつまらないエンディングになってしまった。正直、第5章までは読者を夢中にさせる毒があり、意外性にも富んでいて、十分読ませただけに惜しまれる。最後の無理なひねりが作品を弱くしてしまった。
 この小説は、最初は興味深々のホラー仕立てだったが、終盤はあたふたと謎解きに追われる平凡な推理小説となって股裂きになり、残念ながら迫力が殺がれてしまった。10年も時間を飛ばすと言う設定も興味を殺ぐ一因である。最初はスティーブン・キングを彷彿させたのに。

 面白かったのは主人公の大学教授というものの有閑ぶりと自堕落さがよく描かれていることだ。彼らがいかに社会のムダ飯食いかがよく分かる。それもこれも作者が現役の大学教授であるお陰だ。
 なお、この手の作品では貴志佑介の「黒い家」がすぐれていると思うが。

 無理筋もいくつか見られる。都合のいい偶然、野上の手紙を園子が書いたという不自然(長文の筆跡を誤魔化すのは無理)、悪の天才という触れ込みの矢島が、簡単に正体がバレたり、あっさり園子に毒殺されるという”らしくない”迂闊さ、矢島の動機が大量殺人を犯す割にはいまいち不明瞭、と言うかやや弱い(サイコパスでもないし、悪辣なくせに過度に病的な性格異常とも描かれてはいない)、などなど。
 処女作で、作者も肩を張らしていたのだろう。力のある作者のことだ、次作を期待しよう。