「虚貌」雫井脩介は読ませる駄作

美濃加茂の運送会社社長一家が襲われるところまでは、トルーマン・カポーティの「冷血」のような作品になるのではないかと期待したが、作者のトリッキーなミステリーへの志向が強すぎ、また荒唐無稽なトリックを活かそうとする独断的なドラマツルギーにとらわれ過ぎて、最後で力尽きてしまっている。
 文章力も表現力も優れていて非常に読みやすかったが、後半に至って自縄自縛から破綻に陥った。出だしが秀逸だっただけに、いかにも勿体ない。
 犯人の人間像が全く書かれていないのは不可解と言っていいだろう。残忍な事件の被害者の息子なら当然に復讐心を抱くはず、というフィクション(仮説)を前提としている。従って連続的に犯行を重ねていく犯人の心理や憎悪心が描かれることはない。
 最後に犯人が叫ぶ「俺はやっていない」という言葉と、それを聞く滝中守年の「そうか」とうなずくシ−ンは意味不明で、明らかに書き損じか、でなければ書き足らずであろう。
 ミステリーで大向こうを唸らせようという欲求を抑えて、クライムノベルの分野にシフト変えすれば、十分に期待できるのではないか。確かに、最後まで読ませる筆力は非凡である。