「緋色の研究」(コナン・ドイル:延原謙訳、新潮文庫)―”モルモン教”は<カルト集団>か?

2012年のアメリカ大統領選挙共和党有力候補として、前マサチューセッツ州知事の”ウィラード・ミット・ロムニー”が本命視されている中で、彼が敬虔な<モルモン教徒>であることが焦点となっている。この点が、特にティー・パーティーからは、知事時代の州皆保険の導入や同性愛問題や中絶問題に対する過去の言動と並んで攻撃を受ける材料になっている。昨年10月7日にワシントンDCで行われた福音派の集会で、第一バブテスト教会の牧師がモルモン教をカルトと決めつけて物議を醸し出している。(下記の記事参照)
 福音派では未だにモルモン教キリスト教とは認めていないのだ。果してモルモン教はカルトなのだろうか。
福音派牧師のモルモン教はカルト集団発言記事

 モルモン教で思い出したのは、コナン・ドイルの「緋色の研究」である。これを読んだのは遥か昔、多分高校生の頃であったと思う。内容は全くと言っていいほど忘れてしまっているが、モルモン教がテーマになっていたことだけは妙に記憶に残っている。確かめるために新潮文庫延原謙訳の同書を買い求め久しぶりに読み返してみた。
 周知のごとく、この作品はホームズ物の第1作で、ワトソンがアフガニスタンでの戦争で負傷して帰国し、ロンドンでたまたま知人の紹介で一つの下宿を、今で言うルームシェアをするようになった相手がシャーロック・ホームズであったという事情が語られている。

 本編の第2部では第1部での殺人事件の底流となっているモルモン教草創以後の苦難の歴史の中で翻弄され続けた人間像が描かれる。モルモン教、即ち”末日聖徒イエス・キリスト教会”を立ち上げたジョセフ・スミス・ジュニアが、イリノイ州の監獄で対立していた武装市民の攻撃を受け死亡し、後継者となったブリガム・ヤングが、迫害を逃れるためモルモン教の一団を率いてイリノイ州よりアメリカ西部(最終的にはユタのソルトレイク盆地)へ移動中の出来ごとの中に、この殺人事件発生の根があったことが述べられている。これがワトソンが記録した最初のホームズの事件簿となる。

 驚いたのは、作品中にブリガム・ヤングその人が登場することだ。また、ヤングの指導する教団内で起きる宗教的な迫害が描かれるが、ドイルの筆になる同種の宗教的迫害の例は、”スペインのセビリアの宗教裁判”、”ドイツの夜間秘密裁判”、”イタリアの秘密結社”であり、それらでさえ、このユタ州でのモルモン教の異端を排する制度に比べぶベくもない、と言い切っている。スペインとは、レコンキスタ後のローマ・カソリックによる異端審問のことであり、ドイツとはカソリックプロテスタントとのせめぎ合いの中で猖獗を極めた魔女狩りのことであろう。イタリアのことはシチリアのマフィアのことであろう。

 ドイルの筆は全てが事実そのものではないだろうが、この作品が書かれたと思われる1886年というのは、教団の西部への大移住がおこなわれた1846〜1847年からはまだ40年ほどしかたっていない時期で、ユタ戦争がおこった1857年からは30年後、ユタ州アメリカの45番目の州となったのは1896年、つまりこの作品の10年後であり、まだ教団の全貌が十分把握できていない頃であったという事情もあったろう。(それまでは、ユタ準州とされていた。)

 モルモン教については文献が非常に少ないが、日本語の資料の中では高橋弘氏の下記の貴重な著書が、有難いことにWebで全文読めるので、大変参考になる。
「素顔のモルモン教―アメリカ西部の宗教 その成立と展開」

 高橋氏の著書によれば、当初は終末思想であり、多妻婚を大切な教理とみなすなど、カルト的な要素が多かったが、これらは社会と溶け込むうちに次第に形骸化していった。それでも当初の教理を精神的なものに再解釈して守り続ける一派もいまだに残っているそうである。
 あるいはブリガム・ヤングがフリーメーソンのメンバーであったことから、教団のフリーメーソンの影響も指摘されている。
 また、設立以来、白人至上の人種主義・人種差別の立場をとってきたが、現在は建前上は差別は撤廃されている。
 モルモン教キリスト教かということに関しては、高橋氏は、教団では「聖書」よりも改ざんを重ねている「モルモン経」が上位に置かれ、しかし最優先されるのは無謬の活ける預言者である大管長による「啓示」であり、聖典をもたないモルモン教キリスト教ではないと言う。また、「モルモン経」をはじめとする書物や、指導者たちの言葉を調べると、モルモン教の「神」がキリスト教の「神」とは似て非なるものであるとも言う。

 ところで、ロムニー家は代々”末日聖徒イエス・キリスト教会”を信仰しており、ロムニー自身ユタ州の”ブリガムヤング大学”を卒業している。日本における、いわゆるモルモン教の信者には、有名なところでは斎藤由貴さん、他にはテレビで活躍しているケント・ギルバート氏とケント・デリカット氏もそうである。しかし、新興宗教の信者としては、何と言っても創価学会が圧倒的多数であるし、真如苑天理教も数が多い。

 しかし、草創期はともかく、今ではこれらの信仰が何か世俗での活動で大きな問題を起こすという例は、ためにする議論を別にすれば、ほとんど聞かれなくなった。歴史的にはむしろ過剰な警戒心を抱いた政治権力が、余計な干渉をし過ぎて平地に波を立てるような混乱と悲劇を招いたケースが多い。(歴史年代は別にして、近年の例では、天理教大本教、またイエスの方舟など。)

 今まで社会を震撼させるような大きな事件を起こしたのは極端な終末思想を持ついわゆる”カルト”で、日本では麻原彰晃の”オウム真理教”、アメリカでは統合失調症を病んでいたというジム・ジョーンズの”人民寺院”、サイコパスと見られていたデイヴィッド・コレシュの”ブランチ・ダヴィディアン”である。オウムはサリン事件、人民寺院ガイアナでの集団自殺事件(914人と言われる)、ブランチ・ダヴィディアンは武装立て籠もりと集団自殺事件(81名と言われる)を引き起こしている。

 まあ、誤解を恐れずに言えば、キリスト教とて、当初はカルト扱いであったし、どの宗教もその草創期には常に当時の政治体制にとっては危険なものであったが、時を経るに従い鋭角も取れて社会に順応するようになっていったのだ。多くの宗教はみな恥ずべき過去を持っている。キリスト教反ユダヤ主義はその最たるものである。
 ロムニーモルモン教信仰について、ティー・パーティーのようなリバタリアニズムの傾向の強い保守派の草の根運動の標的にはなっているものの、少なくとも大統領候補としてのロムニーの中では政治的事情を踏まえて中和されているので、彼に限って言えば、今さら特別に問題視するには当らないだろう。(尤も、この融通無碍な政治的な処し方は、ロムニーが風見鶏と言われるゆえんで、別の非難の対象となっているのは皮肉だ。)

 ところで、ミステリーとしてのホームズ物の出来栄えは、1840年代前半に発表されたエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」を初めとする推理小説の嚆矢となった作品群に比べるとやや見劣りすると言わざるを得ない。現在の眼で見れば「緋色の研究」も歴史的価値しか持たない他愛のない作品である。しかし、シャーロック・ホームズの登場する連作は、ホームズの下宿兼探偵事務所のあるベーカー街221Bやホームズ=ワトソンという探偵コンビの発明、4つの長編に見るゴシック趣味、それに19世紀の大英帝国下のイギリス社会の興味ある描写など、なかなか捨てきれない味を持った気軽で楽しい読み物となっている。