2011-01-01から1年間の記事一覧

「ソクラテスの弁明」(1)出隆先生の小さな思い出

年末を控え、今年中に片付けなければならない仕事が山積し、ゆっくり本を読む暇がない。そんな間を縫って読んだのが、岩波文庫の「ソクラテスの弁明」(久保勉訳)であった。遥か昔に読んだこの古典を再読しようとしたきっかけは、産経新聞に連載されている…

「虚貌」雫井脩介は読ませる駄作

美濃加茂の運送会社社長一家が襲われるところまでは、トルーマン・カポーティの「冷血」のような作品になるのではないかと期待したが、作者のトリッキーなミステリーへの志向が強すぎ、また荒唐無稽なトリックを活かそうとする独断的なドラマツルギーにとら…

死ぬ気、まんまん!(「週間現代11.05号の”大研究シリーズ”のタイトル)

なぜだろう?「週刊現代」も「週刊ポスト」も、最近立て続けに『死』に関する特集を組んでいる。その記述の傾向はほぼ一致している。悪あがきしないで、時宜を得た人生の終焉へ向けて達観することの薦めといったところだ。例えば、 1 「週刊現代」 2011.11.…

「うつ病の脳科学」精神科医療の未来を切り拓く 加藤忠史著(幻冬舎新書、09.9.30)はうつ病の病変解明の科学的アプローチへの模索である

本書は、「はじめに」で著者が述べているように、うつ病を引き起こす脳の病変を明らかにしようとする脳科学の最先端の状況とその成果を綴った刮目すべき著作である。 著者の加藤忠史氏は、本書のプロフィールによれば、東大医学部付属病院講師などを経て、現…

「人間的強さの研究」(小島直記)と「読書について」(ショーペンハウエル)を読んで考える、”本を読むことは良いことか”

読書日記と称するものを書いているが、いつも脳裏を去らぬ大きな疑念がある。 それは、ざっくりと言って”本を読むことはそんなに良いことなのか”という疑念である。 小島直記の「人間的強さの研究」(竹井出版、平成3年5月)は私の愛読書の一つだが、その第…

「観念的生活」中島義道著(文春文庫、11.5.10)に見る観念的死生観の虚実

中島義道先生のこの本で興味があるのは、飯の種である哲学論議そのものはなく、各章の本論への序奏になっている、あるいは一種の箸休めになっている著者の哲学的(?)私生活や、その折々に呟くようにこぼれ出てくる老年の感懐と死生観である。(以下、敬愛…

「レッド」今野敏(ハルキ文庫、オリジナルの単行本は1998年刊)は、福島原発事故の預言の書か?

内田樹によれば「いくつか例外はあるが、全体として文学作品は売れていない。なぜか。身も蓋もない言い方をすれば、それは提供されている作品のクオリティが低いからである」(中央公論11月号「地球最後の日に読んでも面白いのが文学」) さて、作家今野敏は…

「年収100万円の豊かな節約生活術」山崎寿人(文藝春秋、11.6.25)を読んで、伯夷・叔斉の生きざまを想う。

この本の売りは、題名のとおりの極度の節約生活と、その著者の華麗な経歴との落差にある。この落差がある種の読者にとって精神安定剤的な働きをすることになることは、容易に推測できる。編集者の狙いもその辺あったろう。老若男女を問わず就職難にあえぐ今…

「グローバル恐慌」浜矩子著(岩波新書、09.1.20)― 読むのが遅きに失したか?

この本は刊行が09年1月、本書の「おわりに」の日付は08年12月で、まさにリーマン・ショックが起きた08年9月15日からまだ間もない時期に書かれている。強靭な思索力に加えて快刀乱麻を断つごとく難題を次々と裁く手綱も鮮やかな、読んでいてまことに痛快な本…

わが愛読書(2)「斎藤茂吉歌集」(岩波文庫、S50.6.20)―茂吉の没年と同じ年齢となった今、「白き山」が心に沁み入る 

1昨年8月の約1ケ月の入院のとき、昨年9〜10月の10日ほどのドイツとチェコの旅行のとき、いずれも手元には必ず岩波文庫の「斎藤茂吉歌集」があった。もうすっかり古びて、頁も焼けて紙の縁が黄ばんでしまっているが、愛着があって買い替えることができないで…

「世界恐慌の足音が聞こえる」榊原英資著(中央公論新社、11.9.25)―さて、どんな足音が聞こえるか?

著者は、10月4日号の<日刊ゲンダイ>で、ポール・クルーグマンの「1870年型の大不況が始まった」という言葉を引用し、当時の背景に、物価の下落、産業構造の変革、英国の衰退と米国の勃興があったとして、今の状況との類似を指摘する。勿論、今の状況の背景…

「世界恐慌の足音が聞こえる」(榊原英資著)を携え、石巻へ向かう

10月4日の夜、家内とともに11時30分の夜行高速バスで仙台へ向かい、翌5日の朝6時に仙台駅に着く。9時に、大学入学以来の親友であるKさんが迎えに来て、石巻の大震災の被災現場を案内してくれる。Kさんは長年石巻で仕事に就いていたため、この地域の事は詳し…

タイラー・コーエン著「大停滞」は話題となっているが、その土台部分はフィクションである

「大停滞」(NTT出版、11.9.28)は、大停滞しているわが頭脳を久々に活性化さてくれた本であった。 大変話題になった問題作であるが評価の難しい本で、読んでいて、まるで巧妙な手品師に翻弄されている思いがした。 著者の言いたいことは、短い<日本語版へ…

映画「インサイド・ジョブ」 リーマン・ショックを頂点とする世界金融危機の主な原因は、ウォール街強欲詐欺集団の宴のあとか、それとも”大停滞”(タイラー・コーエン)のせいか?

「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」は、銀行業務と証券業務の明確な分離を定めたグラス・スティーガル法を撤廃するなどレーガン政権以降進められてきた規制緩和の下、合併を重ね巨大化した金融機関が中心となり、いかがわしい金融工学とデリバ…

「Newsweek」(9・28)と「エコノミスト」(9/27)から読みとれるギリシャのデフォルトとユーロ分裂の危機

「情報が多ければ多いほど、頭でネガティブなことを考えてしまう」とは、帰国中の高城剛氏が9月18日のトークイベントで語った言葉だそうだが、「欧州金融危機」に対する両誌の執筆者たちの論調が極めてペシミスティックなのは、彼らが最新の情報を過剰に持ち…

山田順「出版大崩壊」(文春新書、11.3.20)は二十一世紀に生きるわれわれに生き方の変革を迫る哲学書だ

著者は、元辣腕の出版人で、光文社ペーパーバックスを創刊し編集長を務めた端倪すべからざる人物である。出版の世界に骨の髄まで漬かってきた著者の気の漲った作品だけに、出版文化の行く末についての、遥か先を見通す洞察力に感銘を受けた。 これは重要な本…

増補版「僕の年商が、5万円から3000万円になった本当の理由」は行政書士の業務の新分野開拓にチャレンジした具体例が語られている

著者は、行政書士の浅川馨一朗氏で、増補版は11年3月にTACから出版されている。 私が書店でこの本を手に取った本当の理由は、私が勤務の傍ら行政書士事務所を登録している人間だからである。 普段は病院に勤務をしているが、その余暇に主に知人からの依頼で…

森功「泥のカネ」は、小沢問題が消化不良、書くのが早すぎた?

本書は2011年4月5日、文藝春秋社の刊行だが、この日付に注目しよう。出版の後に本書の内容に深く関わる重大な出来事が二つ起きていることが分かる。 一つは、3月11日の東日本大震災である。この時にはすでに原稿が印刷に回されていたと考えられ、本書ではこ…

月刊誌に見る日本のさまよえる論壇―「文藝春秋」「中央公論」「Voice」「正論」各10月号を読む

9月10日、新所沢のパルコ内の”LIBLO”で、標記の4つの月刊誌を購入した。 先ず読んだのは、「文藝春秋」の巻頭に掲載された東大医学部教授で、東大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦氏の『除染せよ、一刻も早く』である。というよりも、これを読みたいた…

樋口一葉「十三夜」を聴く―NHKラジオ文芸館、阿部陽子アナウンサーの朗読に酔う

9月3日午後も早い時刻、車で走りながらNHK第1放送にチャンネルを合わせると、ちょうどラジオ文芸館の再放送が始まるところだった。作品は樋口一葉の「十三夜」、このような雅俗折衷体の見事な文語文で書かれた作品を、果して耳で聴いて理解できるのかな、と…

郷原信郎「組織の思考が止まるとき」(毎日新聞社、‘11年2月)で真の“コンプライアンス”を学ぶ

著者は、現在の日本における<コンプライアンス>問題の第一人者であり、この書物は今のところ郷原プライアンス論の集大成と言ってもよいであろう。 この書物に一貫しているコンセプトは、従来のコンプライアンスの考え方の転換である。著者は、単に<コンプ…

ちょっと一服(1)私の行きつけの書店

昔から本屋巡りは私の最大の楽しみだった。学生時代を送った新潟市内の本屋は(古書店も含め)日課のように毎日通ったものである。記憶にある限りでは、<北光社>や<万松堂>という大書店から<考古堂書店>、<文信堂>という味のある書店まで歩き回った…

高野和明「ジェノサイド」は傑作?それとも駄作?

久しぶりに夜を徹して本を読むという経験をした。ノンストップ・ノベルとはこういう本のことかと思った。マイクル・クライトンや初期のフレデリック・フォーサイス、あるいは船戸与一や逢坂剛を読んだときのように夢中でページをめくり、興奮も覚えた。 しか…

終戦の日を迎え、梅崎春生の「幻化」、そして「櫻島」を読む。

私の手元にある「幻化」(新潮社)は昭和40年10月10日発行の初版第2刷である。この本を買い求めたのも多分その頃であろう。見たとおり、外函はすっかり古びてしまっているが、中の本そのものは布クロス製で造本もしっかりしており、いまだ新品のようである。…

「くだんのはは」− 小松左京氏の死を悼む

小松左京氏の逝去の報を聞いて、真っ先に思い出した作品は『くだんのはは』であった。短編集「戦争はなかった」に載っている。終戦末期の時代を背景にした怖い作品で、私の記憶の一番古い部分がやはり戦争末期なので、身につまされて読んだ記憶がある。 一昨…

わが愛読書(1)「孫子」町田三郎訳注(中公文庫、S.49.9.10) 

1972年、山東省の臨沂県銀雀山の前漢時代の墓から大量の竹簡が発見された。「孫子」のテキストでは、従来は「宋本十一家注」が<最古で最善とされて>(金谷治氏)いたが、竹簡が2年後に解読されると、そこには今日の十三篇に相当する「孫子」と、他に「孫臏…

「認知症を恐れない」サンデー毎日 8.7増大号

政局や原発の記事ばかり氾濫している週刊誌で、珍しく真面目で国民全員が関心を持つべき重要な記事が「サンデー毎日8.7増大号」に掲載された。記事のタイトルは<世界一長寿の宿命「認知症を恐れない」> 簡単に要約すると、日本における”アルツハイマー型認…

「統合失調症 その新たなる真実」 岡田尊司著(PHP新書、'10.10.29)−統合失調症は克服できる病気か?

このところ読み続けている「抗うつ薬の功罪」(デイヴィッド・ヒーリー著)が、あまりに大部(400頁近くある)であり、内容は実に興味深々で面白いのだが相当手ごわく、しかも精読しているため時間がかかっている。そこで、その合間を縫って読んだ標記の本に…

「精神科医が狂気をつくる」岩波 明著(新潮社、'11.6.15)を読み込む

著者は、東大医学部卒の医学博士。都立松沢病院や東大医学部助教授などを経て、現在は昭和大学病院精神科准教授である。 岩波氏の著作は、「狂気という隣人」(H.16.8)及び「狂気の偽装」(H.18.4)を読んだことがある。いずれも快刀乱麻を断つような小気味…

月刊誌「新潮45」8月号 − 編集の原点回帰を喜ぶ (ついでに「Voice」8月号の記事も瞥見する)

「新潮45」は1985年5月の創刊当初からしばらくの間愛読していて、創刊号から連続した相当数のバックナンバーを大切に保存している。亀井龍夫編集長の下に硬派路線で統一され、当時の私にとって興味深い記事が多く、紙面造りにも他の雑誌にはない斬新さが感じ…