ちょっと一服(3)怪しいぞ、首都直下型大地震情報

このところ連日、週刊誌もテレビも大新聞も夕刊紙もみな首都直下型大地震の情報でてんこ盛りである。率直な感想を言えば「ほんまかいな?」である。何と、今後4年以内にマグニチュード(M)7級の地震の起きる確率が70%と言うのだ。

 新潟地震も、北海道南西沖地震も、阪神淡路大震災も、東日本大地震も一体どこの学者が予想していたと言うのだろう。ここにきて、東大地震研究所の平田直教授の研究チームが首都直下型地震を予想しただけで大マスコミを中心に日本中が上を下への大騒動である。しか今まで当ったためしのない地震予想が今度だけ当るとは俄かには信じがたい。

週刊新潮」2月9日号の記事の中に東大大学院のロバート・ゲラー教授(地震学)の談話が載っている。曰く、前述の平田教授のチームの予測に対しては「出鱈目です。あの数値には何の意味もありません」。また曰く、そもそも我が国の確率論的な地震予測は「外れに外れてきた」と。 同誌はゲラー氏の下した結論を次のように伝えている。
地震研究者たちは東日本大地震を経験した今こそ、地震予知が不可能であることを率直に国民に伝えるべきです。日本では1年間に地震予知に投じられる予算が50億とも100億とも言われている。いたずらに危機感を煽り、地震予知を求める国民の気持ちを悪用して国から予算を騙し取っているようなものです」

 地震といえば、以前読んだマーク・ブキャナン著『歴史は「べき乗則」で動く』('03.11)を思い出した。本棚から引っ張り出してその部分を読んでみる。地震について述べた部分は次の3つの章である。
 第2章 地震には「前兆」も「周期」もない
 第3章 地震の規模と頻度の驚くべき関係
 第5章 最初の地滑りが運命の分かれ道―地震と臨界状態

 この中で、著者はグーテンベルク・リヒターの法則から導き出した結論として、地震のエネルギーはべき乗則に従うので、その分布はスケール不変的になり、大きな地震が小さな地震とは違う原因で起こると示唆するものは、まったく何もないとする。そして大きな地震が特別なものである理由がないという事実は、小さな地震を起こすものと大きな地震を起こすものはまったく同じであるという、逆説的な結果を示唆していると述べる。この考えに基づけば、大地震に対する特別な説明を探しても意味がないことになる。そしてさらに次のように述べる。グーテンベルク・リヒターのべき乗則から考えて、巨大地震を予知する計画が実行可能とはとても思えない。実際に、地震予知計画は根本的に誤った道へと進んでいて、現実的に予知は不可能である」
 ただ著者は、この結論はべき乗則以外のどんな数学法則からも導くことができない、と述べているが、解説で東大大学院准教授の増田直紀氏は、予測不可能性はべき乗則の独壇場ではなく、正規分布(いわゆる、つりがね型の分布)の場合でも、ある意味で不可能である、としている。

 ついでに言えば、この書に述べられている論旨と同様な記事は、この書に先行して刊行された('95年)スチュアート・カウフマンの『自己組織化と進化の論理』(ちくま学芸文庫、'08.2.10)でも見ることができる。
 たとえば、 パー・バク、チャオ・タン、クルト・ウィーゼンフェルドが発見した「砂山と自己組織化臨界現象」についての次の記述がそうだ。
ベキ乗則に示されるように、すべての大きさの土砂崩れが発生しうるかわりに、規模が大きければ大きいほど、その発生頻度は少なくなる。さらに土砂崩れの規模は、その引き金となる砂の粒の大きさには無関係なのである。同じ大きさの砂粒が、小規模の土砂崩れも起こすし、一世紀に一度の巨大な土砂崩れも起こす。・・・均衡を保った系を大きくつき動かすには、大きな力はいらないのである」

 驚いたことに、2000年に出版されたブキャナンのこの本には、上に引用したロバート・ゲラー教授が1997年に地震予知の現状を総括した中で述べたこんな言葉が引用されている。
地震予知の研究は、100年以上もの間、目立った成功もなく続けられてきた。成功したという主張はことごとく、綿密な調査をくぐり抜けられなかった。大規模な調査でも、信頼できる前兆現象は見つけられなかった。差し迫った大地震に対して信頼性の高い警報を発することは、事実上不可能であろう」

 つまりこういうことだ。
 大地震の少し前に必ず起こる特定可能な前兆現象として信頼できるものは一つもないし、地震の周期説は周期のないところに周期を見つけたいと願う人間の欲求がもたらす妄想でしかない。鯨やリュウグウノツカイという深海魚や、ご存知ナマズなどの異常行動を地震の予兆とみなすのは、それはもう科学ではなくて当るも八卦の怪しげな占いのたぐいである。まあ、唯一分かっているのは、地震が起きやすいのは二つ以上のプレートが接している所、ということだけだ。
 ブキャナンは言っている。「周期も警報も前兆もない、地球はいつでも好きな時に身を震わせるのだ」

 東大地震研究所が地震予測の根拠としているのは、主に『グーテンベルク・リヒターの法則』(他に、『改良大森公式』も用いられている)であるが、ブキャナンのこの本の第2章の冒頭に、そのチャールズ・リヒターその人が「アメリ地震学会メダル」の授与の際に述べた言葉が引用されている。これがマグニチュード(リヒター・スケール)を考案した人の言葉である。味わうべきである。
「私は、地震学にかかわりはじめて以来ずっと、地震予知も予知をする人も大嫌いだ。マスコミや一般大衆は、餌場(えさば)に集まる豚のように地震予知の内容に飛びつくのだ」

(追記)
 プレートテクトニクスから日本列島を見ると、北米プレートとユーラシアプレートという二つの大陸地殻の接している所に存在し、加えて太平洋プレートとフィリピン海プレートが沈みこんでいて、一言で言えば四つのプレートの衝突部に当たるという世界でも稀な危険な地殻の上に鎮座している。日本列島は山地も平野部もおしなべて脆弱な地質であり、首都直下型に限らず、いつどこで大地震が起きても不思議ではない。しかも地震予知は、上述のように、神の領域にあるとしか言いようがない。