「国家の闇」−日本人と犯罪<蠢動する巨悪>一橋文哉著(角川oneテーマ21:'12.3.10) もっと凄いのは<国家が闇>!

著者の作品を初めて読んだのは、当時愛読していた「新潮45」の”かいじん21面相”についてのドキュメントであった。(1995年)
 本書の著者略歴では、著者は”本名など身元に関する個人情報はすべて未公開”となっているが、既にWikipediaなどで、元サンデー毎日副編集長の広野伊佐美氏のペンネームであると正体が明らかになっているので、ことさら匿名性を強調する意味もないだろう。

 この書を読むと、日本は凶悪な犯罪者集団に裏支配された暗黒国家に思えてくるから不思議だ。特に第3章の豊田商事事件から振り込み詐欺に至る犯罪の軌跡と、第4章のかいじん21面相から赤報隊に至る犯罪の連鎖についての記述に慄然とさせられた。著者のこれら事件同士の絡み合いをジグゾーパズルのように組み立てる非凡な構想力があり、そこにこの著者の力量と、この書を貫いている思想を感じる。

 それぞれの事件が皆興味津々で、”事実は小説より奇なり”を地でいくエピソードばかりだが、多分戦後の巨悪事件の総浚えを意図したものであるため、残念ながら盛りだくさん過ぎて、一つ一つの事件の記述がやや駆け足となっている。詳しくは、著者が取り組んできたそれぞれをテーマにしたノンフィクション作品を読むべきなのだろう。これらは巻末の主要参考文献を参照すればいい。
 
 ここに取り上げられている事件は、ロッキード事件リクルート事件を頂点とする数々の大型疑獄事件、オウム真理教とそれに絡んだ暴力団の暗闘、金大中事件下山事件GHQ帝銀事件関東軍731部隊、そして先述の豊田商事事件とそのノウハウを受け継ぐ残党による振り込み詐欺を初めとする数々の詐欺商法事件、浅間山荘銃撃事件、三菱銀行立てこもり事件、そして著者の最も得意とするグリコ・森永事件と赤報隊事件。さらにはイトマン事件を初めとする大型経済事件、その延長上にある住友銀行名古屋支店長射殺事件に始まり、ライブドア元関連会社役員の野口英昭の怪死事件と続く企業テロ事件。ここには戦後の犯罪のオールキャストが登場し、書き抜いているだけで恐ろしくなってくる。ここに出てこない犯罪事件を敢えて拾えば、大森ギャング事件、金嬉老事件、そして山口組系五菱会によるヤミ金融事件くらいである。 

 なお余談だが、この本に登場する人物で、第一勧銀をしゃぶりつくした総会屋の小池隆一が、刑期を終え、奥さんの出身地の鹿児島市に隣接したA町に隠棲した頃、私も鹿児島市に在住しており、A町にいる知人が小池と事業上の接触を持っていると自慢気に話していたのをふと思い出した。

 ところで、これらの巨悪犯罪が「国家の闇」というくくり方で取り上げられるうちは、それでもまだ可愛いと言える。本当に凄いのは「国家が闇」という存在だ。丸ごと闇に包まれているという恐ろしい国家がこの世界には存在している。例えば東アジア、中東を初めとするユーラシア大陸や民族間の憎悪で集団殺戮が絶えないアフリカ大陸にその幾つかが存在している。
 国家が闇という場合、”自由と民主主義”を標榜する国家に特に免罪符が与えられている訳ではない。要するに腐敗した政府を持つ国家が闇国家なのだ、政体がどうかは直接関係ない。独裁国家でも腐敗していない国家は存在する。民主主義を名乗る国家でも腐敗している国家は存在する。

 ここに「中国の闇」という怖い本がある。作者は何清漣という中国出身の女性ジャーナリストである。彼女は1965年生まれで、上海・復旦大学で経済学修士号を取得し、中国社会の構造的病弊と腐敗の根源を衝いた書物「中国現代化の落とし穴」を出版したため、中国当局から様々な圧力を受け、2001年にアメリカへ脱出し、本書を構成する各論文を執筆した。本書は一言で言えば、中国政治が黒社会化しているとして告発した書物である。黒社会というのは、本書の訳注によれば”中国伝来の秘密結社の性格を帯びた独特の刑事犯罪組織”であるという。
 この書を読む限り、少なくとも中国の地方政府は無法状態で腐敗しており、まさに闇の国家であると言える。
 また、言うまでもなく、北朝鮮政府は、拉致誘拐、麻薬ビジネス、にせドル製造、核やロケットといった軍事技術密輸などに手を染めている、まさに一大犯罪組織そのものである。
 ソ連邦が崩壊した際に、マフィア化したKGBの残党が大銀行など多くの企業の支配権を奪ったロシアの今はどうだろう。何と言ってもこの国は、スターリン、ベリヤという世紀の大犯罪者の先達を生み出した国である。

 これらの国々と比較すれば、まあ、日本は何だかんだと言っても、先ず先ず公正な警察組織が厳として存在しているし、道義地に落ちたとは言え、国家の大部分がそこそこ健全な常識を持つ国民で構成されている。国家そのものがアウトローになる心配はない。物が存在すれば必ず影が生まれるように、国家にも大なり小なり闇の部分は存在する、と腹をくくって対応していくしかない。