2013-01-01から1年間の記事一覧

『E=mc^2 世界一有名な方程式の「伝記」』デイヴィッド・ボダニス著(伊藤文英他訳、ハヤカワ文庫、'10.9.25)

こんなに分り易くて面白い科学の本は滅多にない。それは、著者がオックスフォード大学で科学史を教える科学ジャーナリスト、つまり歴史家だからだろう。科学オンチではあるが、何によらず歴史好きの私にはこたえられないくらい面白い。ヘンリー・ジェイムズ…

「ヘンリー・ジェイムズ短編集」大津栄一郎編訳(岩波文庫、'07.7.12)を読む―汲めども尽きぬ文章の魅力、だが年月により風化は進む

ヘンリー・ジェイムズは十九世紀後半から二十世紀にかけてイギリスで活躍したアメリカ作家である。(この辺は、ジェイムズを敬愛し、フランスなどヨーロッパで活躍したアメリカ作家のパトリシア・ハイスミスと酷似している。) まず「ヘンリー・ジェイムズ短…

「変身の恐怖」 パトリシア・ハイスミス 吉田健一=訳(ちくま文庫、'97.12.4)―彼女の最高傑作?

この小説を充実感をもって読み終えたが、それにしてもタイトルの「変身の恐怖」という訳語はピンとこない。元のタイトルは"THE TREMOR OF FORGERY"である。TREMORは「恐怖や興奮による震え」、FORGERYは「偽物、偽造行為」という意味である。 これは先ず、主…

「見知らぬ乗客」パトリシア・ハイスミス 青田勝=訳(角川文庫、H10.9.25)―これはま紛う方なき現代の”罪と罰”だ

パトリシア・ハイスミスは、前回『11の物語』を取り上げたが、続いて最初の長編である本書を読み、再び唸ってしまった。解説(新保博久)によれば、1950年、29歳の時にニューヨークのハーパー社から刊行されたとあるが、ハイスミス怖るべしである。交換殺…

「11の物語」パトリシア・ハイスミス 小倉多加志=訳(ハヤカワ・ミステリア・プレス文庫、'97.10.31)―まさしく”不安の研究”(グレアム・グリーン)そのもの

一読して感嘆した。人間の本性に対する洞察力の鋭さ、深さに脱帽。何もなければごく安定してみえる人間のこころ(精神)の何という頼りなさ、脆さ、そして危うさ! この11編の作品に描かれているのは、日常生活や人の理性のぽっかり空いた裂け目から頭をもた…

「小説家になる!」中条省平著(ちくま文庫、'06.11.10)−言葉の力を認識する

再読だが、やはり刺激的で啓発されるところの多い書物だ。 タイトルのように小説を書くための直接の技法が書かれている訳ではないのだが、小説のメカニズム(第1部)を明らかにし、具体的にいくつかの”名作”(と著者が考えている作品)を取り上げて分析し(…

「おれの血は他人の血」筒井康隆著(河出書房新社、S.54.7.20、15版)は日本版「赤い収穫」か?

『おれの血は他人の血』は、昔々、筒井康隆に凝って、作品を次々読み漁っていたころ買い求めたもの。久しぶりに読み返してみる。 一体この作品を何と言えばいいのだろう。かねてより、ハメットの『赤い収穫』やそれを下敷きにした黒澤明『用心棒』(あるいは…

「国の死に方」片山杜秀著(新潮新書、'12.12.20)―ゴジラで考える

そろそろ日本という国の死に方を考える時期にきたのか。 本書は、2011年3月11日の東日本大震災のエピソードから始まっている。 その時私は、職場である病院の1階の事務室にいて激しい揺れに遭遇し、思わず傍の壁に手をついて身体を支えた。その日の15時頃、…

「僕は君たちに武器を配りたい」瀧本哲史著(講談社、'11.9.21)―コモディティにならないために

著者が本書で対象としているのは、新卒で社会に出ようとしている学生、あるいは社会へ旅立ったばかりの若者であり、彼らに困難な現在の日本社会で生き抜くための「武器」を配ろうとする。これが本書を貫く明確なコンセプトだ。 遥か昔、何百光年か前に若者だ…

「鎮魂 さらば、愛しの山口組」盛力健児著(宝島社、'13.9.13)―山口組の変質も時代の流れに沿う

山口組若頭宅見勝暗殺事件については、今まで木村勝美の『山口組若頭暗殺事件』(イースト・プレス、'02.3.9)でおおよその真相をを把握していたつもりだったが、本書を読み、事件の深層に別の様相が現れるのが見えて興味深かった。 事件の底流にあるのは、…

「勝負の極意」浅田次郎(幻冬舎アウトロー文庫、H.9.4.25)―運がいいだけのバカ?

このところ、軽い本ばかり取り上げているが、たまには気晴らしも必要だ。ご容赦を。 本書は、第一部「私はこうして作家になった」と、第二部「私は競馬で飯を食ってきた」に分かれていて、前者が60頁、後者が130頁の分量である。 私は、第二部の競馬の部分が…

「一生お金に困らない個人投資家という生き方」吉川英一著(ダイヤモンド社、'12.1.26)―意外と地に足のついた本

書店で何気なく買ってしまったが、今更個人投資家になろうと考えた訳でもない。以前、株を少し手がけていたことがあるが、今の時代の投資環境はどうなっているのか、また投資家、特にデイトレーダーはどういうことを考えているのかに興味があった。 中身は、…

「まだ生きてる」本宮ひろ志(eBookjapan 電子書籍)

このコミックは、日経ビジネスAssocié9月号の特集「今読むべき本」のpart3<ビジネスに効くマンガ>で知った。 本宮ひろ志は、かなり以前に『サラリーマン金太郎』をマンガ喫茶で読みふけった記憶がある。 本作品は、楽天から貰ったkobo touchでも読めるのだ…

「戦略の本質」野中郁次郎他(日本経済新聞社、'05.8.5)−<スターリングラードの戦い>に見る良い戦略と悪い戦略

本書は、二十世紀に起こった様々な戦争における大逆転の戦略がどのようなものであったかのケーススタディである。(これを見ると、二十世紀はつくづく戦争の世紀だったのだな、とあらためて思う。) では、どのような戦争が取り上げられたのか。・毛沢東の反…

「水滸伝」上中下、駒田信二訳(平凡社”中国古典文学大系”'43.11.5)ー支那人間における食人肉の風習(桑原隲蔵)とは

宮崎市定の『水滸伝』(中公新書'72.8.25、以下”宮崎『水滸伝』”という)のまえがきで「私は現今の中国を理解するためにも水滸伝は必読の書だと称したい。」と述べているが、宮崎がこの本を書いてから40年経った現在でも、事情は少しも変わっていないだろう…

「本は10冊同時に読め!」成毛眞著(三笠書房)―本を読んでもサルになるかも・・・

要は昔からある読書のすすめ、といったたぐいの自己啓発本で、中身は薄い。自分の体験を無批判に披歴して読者に読書の効用を説く。サブタイトルは<本を読まない人はサルである>という噴飯もの。まあ、あまり真剣に論評するほどの本でもないだろう。 しかし…

「皇帝のかぎ煙草入れ」ジョン・ディクスン・カー、駒井雅子訳(創元推理文庫、’12.5.20)

前回偉そうなことを述べたにもかかわらず、またカーの作品を取り上げることになってしまった。 というより、何気なく買い置きしておいたこの作品の新訳を手に取ったのが、つい面白さのあまり、一挙に読み終えてしまったというのが事実だ。前回読んだ「曲がっ…

「曲がった蝶番」ジョン・ディクスン・カー、三角和代訳(創元推理文庫、'12.12.21)―ストーリーテラーの面目躍如、だが・・・・

久しぶりに本格ミステリの代表的作品を読んでみた。本格ミステリは大学時代以来ほとんど読んでいない。その頃はヴァン・ダインが一番の贔屓作家で、ウィルキー・コリンズ、クロフツ、フィルポッツ、ルルー、ベントリー、クイーン、クリスティなども一通り読…

「ナイン・テイラーズ」ドロシー・L・セイヤーズ(浅羽莢子訳:創元推理文庫、'98.2.27)−浅羽莢子と平井呈一の訳で読んでみる・・・ついでにレ・ファニュの「緑茶」についても

ずーっと本棚の隅で眠っていた名のみ有名なこの作品(創元推理文庫、浅羽莢子訳)を読み始めたが、この翻訳には難渋した。訳文に正確を期そうと、英語の構文に忠実に訳したような感じがある。そのためか、表現が回りくどくてイメージが掴みにくく、読んでい…

「沈黙者」折原一(文春文庫、'04.11.10)と「田舎教師」田山花袋(新潮文庫)−埼玉県北(東)部について語ろう

「沈黙者」は、書店で佐野洋氏の解説を拾い読みして購入したが、一気に読みとおすような強い魅力は感じなかった。ただ筆力は、先に読んだ綾辻行人を上回るように思える。なにしろ、読んでいて文章に躓くことが少なかったから。 叙述ミステリとはいえ、まあ、…

「うずまき」伊藤潤二著(ビッグコミックスペシャル:小学館、'10.9.4)−それは、集合的無意識の悪意か?

このコミックを知ったのは、佐藤優著『功利主義者の読書術』(新潮社、'09.7.25)によってであった。この本で佐藤優は、最初の章<資本主義とは何か>で、マルクス『資本論』の次にこの『うずまき』を置いている。この章には他に、綿矢りさの『夢を与えるも…

叙述ミステリを読む(2)−「十角館の殺人」

綾辻行人の「十角館の殺人」。アマゾンのカスタマー・レビューで多くの人々が絶賛していることもあって、あまり辛口の批評めいたことを言うのは野暮なのかも知れない。人々に何がしか楽しみを提供することはエンターテインメントの大切な役目で、それはそれ…

叙述ミステリを読む−「模倣の殺意」「殺戮にいたる病」「ロートレック荘」

本屋で平積みされていた中町信の「模倣の殺意」を手にとって、何となく購入し、帰宅して早速読み始め、一気に読了した。 解説で濱中利信は、この作品の発行年である1972年という日付に着目し、「本書はこのパターンの叙述トリックを用いた初の国内ミステリ」…

「『 余命3カ月』のウソ」近藤 誠(ベスト新書、'13.4.20)−医療は人を恫喝することで成り立つ (付記)精神科医療について

私は10年以上を病院に勤務し、日々医師や患者さんなどと接している立場の人間である。ただ私は、医師でもその他の医療従事者でもなく、単なる事務職であるが、それなりに責任を負う立場にいるので、役所、業界団体、医師、製薬会社などへの接触も日頃極めて…

知性の限界」高橋昌一郎著(講談社現代新書、'10.4.20)その(2)−帰納法の否定の元祖はデイヴィッド・ヒュームだ

第2章「予測の限界」のメインテーマは、科学哲学者カール・R・ポパーの<帰納法の否定>と<反証主義>となるのだろう。 カール・R・ポパーは主著である『科学的発展の論理』(恒星社厚生閣、'71.7.25)において、冒頭から帰納の問題を取り上げ、経験科学の…

「死ぬことと見つけたり」上下、隆慶一郎(新潮文庫)−伝奇小説の系譜

書棚にあった本書を、何気なしに手にとって読み始めた。読むのはこれで3回目になる。細部の記憶は薄れていたが、読み始めると物語の状景が呼びさまされるとともに、あらためてその面白さに引きこまれ、一気に読了した。隆慶一郎は、山本周五郎、司馬遼太郎、…

「知性の限界」高橋昌一郎著(講談社現代新書、'10.4.20)その(1)ーそうか、ポストモダニズム系学者の知的詐欺が分かった!

実に楽しい読み物だ。 同じ著者の『理性の限界』(講談社現代新書)は以前買い求めて持っていたが、昨年の引っ越しの際に行方が分からなくなり、いずれどこからか出てくるだろうからと、先ず図書館でこの本を借りて読み始めたが、あまりの面白さに一気に読了…

「入門!論理学」野矢茂樹著(中公新書、'06.9.25)−言葉の使用法の逸脱を退ける厳密さを学ぶ

記号を一切使わずに、論理学の入門書を書くなどは、相当の離れ業と言っていいだろう。ウィトゲンシュタインでお馴染みの野矢茂樹の、他に類を見ない力技であり、恐れ入ると言うしかない。 本書は「入門!・・」とうたっているが、実に手ごわい入門書であり、…

「永遠の吉本隆明」橋爪大三郎著(洋泉社、'03.11.21)−吉本隆明は、高踏的な知的ディレッタントだ

前回に引き続いて、吉本隆明についてもう少し述べる。 ところで、橋爪大三郎の『永遠の吉本隆明』を読んで悲しくなった。橋爪ともあろう碩学が、しどろもどろで吉本の弁護に終始している。橋爪は吉本より二回り(24歳)若く、ちょうど学生時代に吉本現象に遭…

『吉本隆明という「共同幻想」』呉智英著(筑摩書房、'12.12.10)― アンチテーゼと虚仮威しの詩人、吉本隆明

呉智英は、この書の序章で、鹿島茂の著書から次のような引用を行っている。 「吉本隆明の偉さというのは、ある一つの世代、具体的にいうと1960年から1970年までに青春を送った世代でないと実感できないということだよ。」 この期間は、私自身にとって大学2年…