映画「死の接吻」と「太陽に向かって走れ」を見る。 VIVA!リチャード・ウィドマーク

今回は読書からは少し横道にそれて、映画の話である。

 3月に埼玉県から都内に引っ越した際、1000本近くあったビデオ(おもに映画や音楽のライブを主にNHKBS放送などから録画したもの)をすべて処分した。引っ越し先のマンションが狭いことと、録画媒体としてのVHSビデオが時代遅れになっているからという理由。加えて、死ぬまでに1000本などというビデオを見る機会もないだろうということだ。黒沢映画、ヒッチコック映画の殆ど、ルイス・ブニュエルフェリーニの大半の作品もあった。チェリダッケが晩年ベルリンフィルに凱旋公演した際のライブ(ブルックナー第7番など)もあった。現在では、なかなか見るのに苦労する希少な作品も沢山あった。
 こんな文化遺産も死ねば全てゴミだ。引っ越しのサカイに頼んで、全てを見ずに捨てた。同時にエアチエックした音楽カセットテープも全て捨てた。
 これである種の文化的強迫観念から逃れることができて、実にさっぱりした気分であった。精神衛生上とてもいい。
 これからは見たい時に見たい作品をDVDでレンタルすればいいだけだ。

24年5月22日
 リチャード・ウィドマークの映画デビュー作品が1947年の「死の接吻」だ。(ヘンリー・ハサウェイ監督作品)
 以前から是非見たいと思っていたが、やっと念願がかなった。期待通りの緊迫した場面の連続だったが、落ち着いた丹念な演出ぶりで、最後まで画面から目を離すことができなかった。勿論ヴィクター・マチュアも好演だったが、お目当てのリチャード・ウィドマークの怪演ぶりを十分堪能できた。この映画では、ウィドマークの扮する殺し屋のユードーが、彼が追っている仲間の母親を階段から突き落とす場面が有名で、この場面見たさに八方手を尽くしてやっとDMMのネット・レンタルのラインナップの中にこの映画を見つけ出すことができた。ウィドマークの爬虫類のような目、気味の悪い笑み、そして”ふっふっ”という薄笑いにはさすがに背筋が寒くなった。

 現代撮られている多くの作品のように、目もくらむような場面転換もアクションもないが、第二次大戦直後の混沌としたアメリカの世相も映し出されており、実によくできた脚本で、じっくりとと映画の時間を楽しむことができる。これが、私の腑に落ちる映画のスタイルだ。
 ネット・レンタルでは、TSUTAYAにも楽天にもなかったものだ。DMMさんは偉い!2006年にDVDが発売されたが、Amazonでは4,400円ほどとまだ高価である。

 リチャード・ウィドマークでは、はるか昔に見た「太陽に向かって走れ」が記憶に強く残っているが、日本はDVDは発売されていない。ところが、you tubeで日本語吹き替えの映像があるではないか。9分割で全編を見ることができる。you tubeさん(への投稿者の方)も偉い!

 この日は久しぶりに、クローネンバーグ監督作品「デッド・ゾーン」も見た。いうまでもなく、スティーブン・キングの作品の映画化で、クリストファー・ウォーケンがいい。ディカプリオのような大根役者と比べるまでもなく、独特の雰囲気を持ち、人間心理の表現も巧みで、この役を十二分にこなし切っている。性格描写のうまい俳優だ。性格破綻の寸前で踏みとどまっているといった精神分析学の世界にさ迷っているような感性の持ち主だ。こうした世界の表現にかけては監督のクローネンバーグにも相通ずるものがある。

24年5月23日
 昨日の「デッド・ゾーン」に引き続いて、キングの原作「ドロレス・クレイボーン」を映画化した「黙秘」を観賞する。前者は原作も読んでいるし、見るのも2度目だったが、今回は初見でもあり、原作も読んでいない。しかし、数多く見たキングの映画化作品の中でも面白い部類に入る。その大きな理由は、脚本の巧みさもあるが、何と言ってもキャシー・ベイツの名演技にある。キングがベイツを想定して作品を書いたのもむべなるかな、という感じで、主人公ドロレス演じる女優としては彼女以外に考えられない。ベイツはやはりキング作品の映画化「ミザリー」でも怪演ぶりを見せている。また物語の重要なポイントとなる皆既日食のシーンは、先般の金環日食を思い起こさせた。

 今日は勤め先が休みなので、まだ見る余裕がある。次はジョン・グリシャム原作の依頼人だ。マーク・スウェイ(子役)のブラッド・レンフロも初めての映画出演とは思えない迫真の演技だが、挫折の過去から立ち直り弁護士となったという設定の役を演じるスーザン・サランドンの演技が光る。巧みな設定でストーリーが織りなされている実に面白い映画で、見るのはもう3度目。グリシャムでは、「法律事務所」「ペリカン文書」「レイン・メーカー」などなぜか佳作が多い。原作が優れているせいか。

 今日は私にとってまさに映漬けの日だ。you tube「太陽に向かって走れ」を全編見てしまった。画像は極めて悪いが、ともかく見たくて仕方がなかった作品に接することができて大感激であった。日本語吹き替えで、リチャード・ウィドマーク役の大塚周夫さんの声に満足。これほどウィドマークにぴったりハマる声優は他にいない。
 主人公の作家ラティマーを演じるリチャード・ウィドマークは、「襲われた幌馬車」など、さすがサバイバル映画俳優の第一人者だけあって熱の入った演技で、画面のこちら側まで汗が飛んでくるような錯覚を覚える。

 原作者は「群衆」('41年、ゲーリー・クーパー主演)や「顔役」('40年、エドワード・G・ロビンソンハンフリー・ボガード主演)の作者リチャード・コネルで、映画作りに長けているな、とすぐ分かる。コネルの「最も危険なゲーム」という小説が原作だそうだ。
 もっとも、物語の重大な転換の節目となるラティマーの自家用機の迷走と不時着の原因が、同乗の雑誌記者ケティがコクピットのコンパスの傍に磁力をもったメモパッドを置いたため、といういい加減な設定だが、細部のストーリーはなかなか見応えがある。
 以前見たのは、50年以上前(高校時代か?)と思うが、これほど印象に残っている作品は他にない。南米の密林をナチの残党から逃げ回る場面が未だに頭にこびりついている。今夜見て、記憶にあるイメージとは若干違っていたが、それでも懐かしさに変わりはない。日本ではDVDも発売されていないので、昔の日曜洋画劇場で放映された映像(と思う)を久しぶりに見て、最後の最後まで手に汗を握った。「死の接吻」以上に、ウィドマークの魅力が存分に発揮された作品である。