「世界を変えた10冊の本」池上 彰著(文藝春秋、'14.3.20)−「社会契約論」が抜け落ちている?

電子書籍で読んだ。一読して、池上彰の世評が高いことに納得がいった。実に要領のいい、分かりやすい解説だ。それぞれの著作と作者について、著者が十分咀嚼をしていないと、こうも明晰な本は書けないであろう。 さて問題は、10冊の本の選択にある。一応、書…

「科学は大災害を予測できるか」フロリン・ディアク著(村井章子訳、文春文庫、'12.10.10)−本書を貫くテーマはカオス現象

著者は<まえがき>で次のように述べる。 「私は、多くの力学系に起きるカオスと呼ばれる現象に興味を持っていた。カオスとは、初期状態が同じでも結果がまったくかけ離れたものになるような、非常に不安定な現象を意味する。」 カオス理論は、マサチューセ…

幾冊かの健康本とB級投資本、そして『老子』

このところブログの更新が滞っている。もう2ケ月になろうか。古希をとうに過ぎた身で、週に5〜6日をフル勤務しているので、やはり疲れが累積し、 パソコンに向かって文章を書くのは体力的・気力的にも辛い。それでも本を読むことは、他の色々な楽しみを削ぎ…

最近の読書「百舌の叫ぶ夜」逢坂剛(集英社文庫、'14.4.14)そして「幻の翼」などなど・・・そしてこの頃の所感

TBSテレビの「MOZU」が実に面白く、十数年前に読んだ逢坂剛の原作を捜したが、引っ越しを重ねるうちに行方が分からなくなってしまったので、あらためて改訂新版を買い求めて読んだ。それも一気に読んだ。鬼気迫る日本版ハードボイルド小説は、再読しても面白…

「米中対決ー見えない戦争」ドルー・チャップマン(奥村章子訳、ハヤカワ文庫、'14.4.25)―劇画?

ふと立ち寄った小さな書店で、パラパラめくって面白そうなので買って読んでみた。 この作品は、フレデリック・フォーサイスやトム・クランシーの系譜に連なる作品である。ここに「ゴルゴ13」も含めてもいいかもしれない。 現今の世界情勢で思いつきそうな事…

「あなたに似た人 新訳版1」田口俊樹訳(ハヤカワ文庫、'13.5.10)―芳醇なる味わい

以前、田村隆一の訳で読んだ記憶があるが、とりわけ印象に残っているのは何といっても<南から来た男>である。(ロアルド・ダールの他の作品では、『キス・キス』の中の、ヒトラーの生誕を扱った<誕生と破局>も強烈な印象が残っている。) あらためてじっ…

「経済学の犯罪」佐伯啓思著(講談社現代新書、'12.8.20)−「セイの法則」について考える

本書を通底している著者の一貫した態度は、資産バブル崩壊後、デフレに陥っていた日本でとられた、本来インフレ対策であるはずの「新自由主義政策」(小泉構造改革など)への徹底した批判、嫌悪である。 著者の考え方は、本書でも引用されているように、カー…

「改訂版 小林秀雄の哲学」高橋昌一郎(朝日新書、'13.9.30)―宮本武蔵の”器用という事”について

本書は7章に分かれ、各章のはじめに、テーマ別に小林秀雄の著書から文章を原文で引用し、テーマにからめて自在に語るという体裁をとっている。 これは面白いと思った箇所を一つ挙げると、第四章”戦争と無常『私の人生観』”の宮本武蔵『五輪書』の”道の器用”…

「確率論と私」伊藤清著(岩波書店、'10.9.14)―

前に述べたように、藤原敬之の著書で、伊藤清教授の存在を教えて貰った。このような偉大な学者を今まで知らなかったことを恥じるしかない。数学者で知っている名前は、高木貞冶、岡潔、彌永昌吉、小平邦彦、遠山啓、吉田洋一、矢野健太郎の各氏くらいであっ…

「3日食べなきゃ、7割治る!」船瀬俊介(三五館、'14.1.6)―空腹の薦め、食うな・動くな・寝てろ、は正しいか?

とりわけ目新しいことが書いてある訳ではない。「ファスティング(断食)こそ万病を治す妙法である」という(著者の言う)ヨガの教えが基本となっている。世に多くある少食の薦めの一つであり、免疫機能が高まる結果身体の不調が7割治る、というのだ。 本書…

「日本人はなぜ株で損をするのか?」藤原敬之著(文春新書、'11.12.20)―株で儲けるためではなく、投資というものの本質について考える本だ

本書を読むに際しては、ナシーム・ニコラス・タレブの『まぐれ』(ダイヤモンド社)に次のように書かれているのを心に留めておきたい。 「運を実力と取り違える傾向がとても強い―そのうえ如実に表れている―世界が一つある。それは市場の世界だ。」 そして、…

「「量子論」を楽しむ本」佐藤勝彦監修(PHP文庫、'00.4.17)―よく分らないが、知的興奮を誘う

本書の紹介によれば、監修者の佐藤勝彦教授は(本書の執筆当時)東大教授にして宇宙論研究を世界的にリードする存在。コペンハーゲンのニールス・ボーア研究所で客員教授を務めた経験を持つ。従来より、一般読者向けに最新物理学の啓蒙的な書物を書くことに…

久生十蘭「顎十郎捕物帳」を電子書籍(青空文庫)で読む

この作品は過去に、創元推理文庫の「日本探偵小説全集8」で2回読んだ。それからしばらく経つが、ふと思い立って、今回は手に入れたばかりのiPad mini(リテーナ・ディスプレイ)に青空文庫リーダーをダウンロードして読み始めたが、面白さのあまり一気呵成に…

「異邦人」アルベール・カミュ、窪田啓作訳(新潮文庫、S.29.9.30)

この著名な作品を初めて読んだのは、多分大学生のころであったろう。それ以来手にしたのは実に久しぶりのことだ。主人公のムルソーが殺人の動機を「太陽のせいだ」と言ったところ以外、細部は殆ど忘れている。 先ず一読した率直な感想は、ここに描かれたムル…

「Kindle新・読書術」武井一巳(翔詠社)と「蔵書の苦しみ」岡崎武志(光文社新書)をKindleで読む―本を大量処分する極意

iPad miniの電子書籍アプリKindleで『「Kindle新・読書術 すべての本好きに捧げる本』(武井一巳)を読んだ。 Associeの「必読本大全」('14.1.15発行)で武井は<今すぐ始めたい 電子書籍ライフ>という一文を書いているが、その中の「電子書籍の未来に希望…

『E=mc^2 世界一有名な方程式の「伝記」』デイヴィッド・ボダニス著(伊藤文英他訳、ハヤカワ文庫、'10.9.25)

こんなに分り易くて面白い科学の本は滅多にない。それは、著者がオックスフォード大学で科学史を教える科学ジャーナリスト、つまり歴史家だからだろう。科学オンチではあるが、何によらず歴史好きの私にはこたえられないくらい面白い。ヘンリー・ジェイムズ…

「ヘンリー・ジェイムズ短編集」大津栄一郎編訳(岩波文庫、'07.7.12)を読む―汲めども尽きぬ文章の魅力、だが年月により風化は進む

ヘンリー・ジェイムズは十九世紀後半から二十世紀にかけてイギリスで活躍したアメリカ作家である。(この辺は、ジェイムズを敬愛し、フランスなどヨーロッパで活躍したアメリカ作家のパトリシア・ハイスミスと酷似している。) まず「ヘンリー・ジェイムズ短…

「変身の恐怖」 パトリシア・ハイスミス 吉田健一=訳(ちくま文庫、'97.12.4)―彼女の最高傑作?

この小説を充実感をもって読み終えたが、それにしてもタイトルの「変身の恐怖」という訳語はピンとこない。元のタイトルは"THE TREMOR OF FORGERY"である。TREMORは「恐怖や興奮による震え」、FORGERYは「偽物、偽造行為」という意味である。 これは先ず、主…

「見知らぬ乗客」パトリシア・ハイスミス 青田勝=訳(角川文庫、H10.9.25)―これはま紛う方なき現代の”罪と罰”だ

パトリシア・ハイスミスは、前回『11の物語』を取り上げたが、続いて最初の長編である本書を読み、再び唸ってしまった。解説(新保博久)によれば、1950年、29歳の時にニューヨークのハーパー社から刊行されたとあるが、ハイスミス怖るべしである。交換殺…

「11の物語」パトリシア・ハイスミス 小倉多加志=訳(ハヤカワ・ミステリア・プレス文庫、'97.10.31)―まさしく”不安の研究”(グレアム・グリーン)そのもの

一読して感嘆した。人間の本性に対する洞察力の鋭さ、深さに脱帽。何もなければごく安定してみえる人間のこころ(精神)の何という頼りなさ、脆さ、そして危うさ! この11編の作品に描かれているのは、日常生活や人の理性のぽっかり空いた裂け目から頭をもた…

「小説家になる!」中条省平著(ちくま文庫、'06.11.10)−言葉の力を認識する

再読だが、やはり刺激的で啓発されるところの多い書物だ。 タイトルのように小説を書くための直接の技法が書かれている訳ではないのだが、小説のメカニズム(第1部)を明らかにし、具体的にいくつかの”名作”(と著者が考えている作品)を取り上げて分析し(…

「おれの血は他人の血」筒井康隆著(河出書房新社、S.54.7.20、15版)は日本版「赤い収穫」か?

『おれの血は他人の血』は、昔々、筒井康隆に凝って、作品を次々読み漁っていたころ買い求めたもの。久しぶりに読み返してみる。 一体この作品を何と言えばいいのだろう。かねてより、ハメットの『赤い収穫』やそれを下敷きにした黒澤明『用心棒』(あるいは…

「国の死に方」片山杜秀著(新潮新書、'12.12.20)―ゴジラで考える

そろそろ日本という国の死に方を考える時期にきたのか。 本書は、2011年3月11日の東日本大震災のエピソードから始まっている。 その時私は、職場である病院の1階の事務室にいて激しい揺れに遭遇し、思わず傍の壁に手をついて身体を支えた。その日の15時頃、…

「僕は君たちに武器を配りたい」瀧本哲史著(講談社、'11.9.21)―コモディティにならないために

著者が本書で対象としているのは、新卒で社会に出ようとしている学生、あるいは社会へ旅立ったばかりの若者であり、彼らに困難な現在の日本社会で生き抜くための「武器」を配ろうとする。これが本書を貫く明確なコンセプトだ。 遥か昔、何百光年か前に若者だ…

「鎮魂 さらば、愛しの山口組」盛力健児著(宝島社、'13.9.13)―山口組の変質も時代の流れに沿う

山口組若頭宅見勝暗殺事件については、今まで木村勝美の『山口組若頭暗殺事件』(イースト・プレス、'02.3.9)でおおよその真相をを把握していたつもりだったが、本書を読み、事件の深層に別の様相が現れるのが見えて興味深かった。 事件の底流にあるのは、…

「勝負の極意」浅田次郎(幻冬舎アウトロー文庫、H.9.4.25)―運がいいだけのバカ?

このところ、軽い本ばかり取り上げているが、たまには気晴らしも必要だ。ご容赦を。 本書は、第一部「私はこうして作家になった」と、第二部「私は競馬で飯を食ってきた」に分かれていて、前者が60頁、後者が130頁の分量である。 私は、第二部の競馬の部分が…

「一生お金に困らない個人投資家という生き方」吉川英一著(ダイヤモンド社、'12.1.26)―意外と地に足のついた本

書店で何気なく買ってしまったが、今更個人投資家になろうと考えた訳でもない。以前、株を少し手がけていたことがあるが、今の時代の投資環境はどうなっているのか、また投資家、特にデイトレーダーはどういうことを考えているのかに興味があった。 中身は、…

「まだ生きてる」本宮ひろ志(eBookjapan 電子書籍)

このコミックは、日経ビジネスAssocié9月号の特集「今読むべき本」のpart3<ビジネスに効くマンガ>で知った。 本宮ひろ志は、かなり以前に『サラリーマン金太郎』をマンガ喫茶で読みふけった記憶がある。 本作品は、楽天から貰ったkobo touchでも読めるのだ…

「戦略の本質」野中郁次郎他(日本経済新聞社、'05.8.5)−<スターリングラードの戦い>に見る良い戦略と悪い戦略

本書は、二十世紀に起こった様々な戦争における大逆転の戦略がどのようなものであったかのケーススタディである。(これを見ると、二十世紀はつくづく戦争の世紀だったのだな、とあらためて思う。) では、どのような戦争が取り上げられたのか。・毛沢東の反…

「水滸伝」上中下、駒田信二訳(平凡社”中国古典文学大系”'43.11.5)ー支那人間における食人肉の風習(桑原隲蔵)とは

宮崎市定の『水滸伝』(中公新書'72.8.25、以下”宮崎『水滸伝』”という)のまえがきで「私は現今の中国を理解するためにも水滸伝は必読の書だと称したい。」と述べているが、宮崎がこの本を書いてから40年経った現在でも、事情は少しも変わっていないだろう…