山田順「出版大崩壊」(文春新書、11.3.20)は二十一世紀に生きるわれわれに生き方の変革を迫る哲学書だ

著者は、元辣腕の出版人で、光文社ペーパーバックスを創刊し編集長を務めた端倪すべからざる人物である。出版の世界に骨の髄まで漬かってきた著者の気の漲った作品だけに、出版文化の行く末についての、遥か先を見通す洞察力に感銘を受けた。
 これは重要な本だ。タイトルに惑わされてはいけない。この本は、出版と言う文化現象の変貌を通じて見た二十一世紀の社会変動、文化変動を語った本だ。本書を読むことは十九世紀の観念論哲学の“病的な文体”(佐藤優)で書かれた本を有難がって読む100倍の価値がある。
 本書の要諦は<はじめに>と、<おわりに>に尽くされている。
 <はじめに>で著者は「『電子出版がつくる未来』は幻想にすぎず、今後、混乱をもたらすばかりか、既成メディア自身のクビを締めるだけだと思うようになった。」と先ず事実認識を提示し、あとは倒叙法を用いたミステリーのように丹念に現状を検証し、コンテンツ・ビジネスは滅び、ポータルサイトのみ栄える、と予言する。

 <おわりに>で高城剛氏(沢尻エリカさんの夫)の言葉、「もうデジタルの時代は終わったと思うんですよ。これからはオフラインの時代です。」を引用した上で、オンライン生活の超多忙を呪詛し、「いったい、私はどこにいるのだろうか?」と嘆く。また、所得の多いコンサルや弁護士、アナリスト、ファンドマネージャーなど「目が回るほど忙しく働いているが、一体何を生産しているのだろう」と至極まっとうな疑問を投げかけ、最後には、「オンラインがいやなら、ネットに接続しなければいいということだけだろう」と最終解決策を述べて、本書を締めくくっている。
 余談だが、沢尻エリカさんと離婚騒動を繰り広げる高城剛氏は、9.11を機に「10年以上にわたって集めたモノを殆ど処分してしまった。自宅と倉庫に溢れる10万冊の本と雑誌、CD、DVD、ブランド品から流行の服、デジタルグッズにいたるまで、その削減率は90%以上、なんと、段ボール箱1000箱以上になったという。」(本書<おわりに>より)という思い切った生活革命を行った人物で、現代日本は情報過多の渦に巻き込まれていると戒め、その結果もたらされるネガティブ思考を批判している。

 著者は、紙のマーケットが縮小し、電子書籍が普及していっても、それは紙のようにビジネスとして成立しないという。
 紙の出版文化それ自体も総崩れ状態で、売れなくなった分を発行点数でカバーしているのが現状と分析する。そういえば、最近書店を訪れ品揃えを見ても、全体的に薄っぺらな感じがして、出版社による懸命な宣伝の華々しさの割には読もうという食指の動くものが少ない。タイトルにも羊頭狗肉という印象を否めないものが多くなっている。
 著者は出版不況について、ネットやケータイの進展によるメディアの構造変化以上に、人口減による読書人口の減少によるビジネスの縮小が最大の原因であると分析しているが、大いにうなずける。
 また、日本の電子出版市場は、売上高では世界有数の規模(2009年で574億円)であるものの、そのほとんどがケータイ配信で、ケータイで配信される電子コミックが全配信の83%を占め、その上位3つがエロ系コンテンツだというではないか。
 そして、いわゆる<自炊>と不法コピーの問題、著作権処理の複雑さについて述べ、またインターネットにはコンテンツはタダ(フリー)という「掟」があるとして、そこからコンテンツサイドのビジネス的な困難さについて筆が及び、ついには「そもそも電子書籍を作る必要があるのだろうか?」と自問している。

 最も考えさせられたのは第10章の<「誰でも自費出版」の衆愚>である。著者は電子自費出版について「永遠にクオリティが上がらないことになっている。それは紙の自費出版の世界を見ればわかる。」と断じる。(この辺になると、自費出版の経験者である私の尻がムズムズしてくる。)
 さらに衝撃的だったのは、従来肯定的な文脈の中で語られることの多かったマイクロインフルエンサーについて、ヒトの情報処理能力の上限という観点から、ヒトの「消費可能情報量」は10年で15倍ほど、これに対しメディアを通して流される情報量は410倍に及ぶとし、マイクロインフルエンサーがいくら情報を発信しても、ムダではなかろうかと疑問を投げかけ、「消費出来なかった情報はゴミと同じだから、大量のゴミがウェブのなかに浮遊していると考えていい」と言い切っていることである。

 続けて、「ウェブは高度情報化社会のシンボルだが、その実態はまったく逆で、じつは低度情報化社会である。日本のブログ数はアメリカに次いで多いという。しかしその90%以上は、日常の取るに足りない話を書き連ねたゴミブログである。」と厳しく断じる。さて翻って、わがブログを見たとき、果してゴミブログとしてウェブ上を浮遊しているだけなのであろうか?