月刊誌「新潮45」8月号 − 編集の原点回帰を喜ぶ (ついでに「Voice」8月号の記事も瞥見する)

新潮45」は1985年5月の創刊当初からしばらくの間愛読していて、創刊号から連続した相当数のバックナンバーを大切に保存している。亀井龍夫編集長の下に硬派路線で統一され、当時の私にとって興味深い記事が多く、紙面造りにも他の雑誌にはない斬新さが感じられた。

 しかし、2001年に中瀬かおり氏が編集長に就任してからは芸能・スポーツ・風俗など下世話系に路線が変わったことで、急速に関心を失い、書店でも殆ど手に取ることがなくなっていた。まあ私の眼には「週刊新潮」の延長路線にしか見えず、出版社の裏切り行為と映った。
 中瀬編集長の路線はそれなりに評価が高く、女性読者が相当増えたらしい。「13の事件簿」などの人気シリーズ、また中村うさぎ氏や岩井志麻子氏など女性執筆者の活躍の舞台となったが、私はこの路線に嫌気がさして購入を止めるようになった。

 その後2008年11月号から宮本太一編集長に変わり、軟派路線からの転換が図られた。それでもまだ私の食指は動かなかった。ただ、23年5月号だけは、原節子の永久保存版映像DVDが付いていて思わず買ってしまっている。この号の編集長はまだ宮本太一である。

 しかし、昨日(7月16日)、新所沢「パルコ」のリブロでふと目に留まり、ぱらぱらめくってみて思わずこれだ、と心の中で叫んだ。私は「新潮45」8月号を持って(ついでに「Voice」8月号も)直ちにレジに向かったのである。奥付を見ると、編集長はいつの間にか三重博一氏に変わっていた。三重編集長は、「週刊新潮」「フォーサイト」「新潮45」編集部を経た後、’02年4月から新潮選書編集長に就任し

バカの壁」350万部の大ヒットを飛ばした新潮社屈指の腕っこきである。
 特集は“原発に炙り出された「日本」”で、ネーミングの上手さに思わずうなった。特集が狙っている編集のコンセプトが一挙に分かる素晴らしいネーミングである。

 執筆者の名前を見れば、編集長の実力と編集センスの良さは一目瞭然だった。
 特集の執筆者では、武田徹、内山節、磯田道史梨木香歩、保坂正康、小宮山宏など。その他、片山杜秀、大江舜、岩瀬達也、川本三郎新藤兼人内田樹関川夏央山折哲雄横尾忠則玄侑宗久石黒浩ビートたけし、里見清一、東郷和彦山本一力野坂昭如福田和也佐伯啓思。よくぞ集めけり、と感嘆した。

 この中では、臨床医の里見清一氏の「諸悪の根源、民主主義」という刺激一杯のエッセイが、雑誌の元々の根っ子(原点)に回帰したかのようで、最も面白く読んだ。
 先ず、いきなり<コルサコフ症候群>という病名がでてきて驚く。この病気は、ICD‐10(WHO作成の「疾病および関連保健問題の国際統計分類第10改訂版)の第5章「精神および行動の障害」(Fコード)ではF10“アルコール使用<飲酒>による精神および行動の障害”の17に当たり、FコードはF106、立派な精神障害である。(この辺は、私は事務職ながら長年精神科病院に勤務しているので多少は分かる。)

 里見氏は、鳩山前首相がこの病気を患っているのではないか、少なくともこの疾患の亜型程度ではないかと疑うことから議論を始める。返す刀で最近の言動から菅首相にもその疑いをかける。この病気の症状は、発症前のことについての記憶は保たれるが、最近の事項を記憶することが出来ず、記憶の欠落を補うために出まかせで話をでっちあげるという。また、この疾患では、即時の記憶は残るとされている。即時とは、「直近の記憶のみ残って、あとはすべてきれいに忘れる」という基本パターンのことで、直近に聴いた話に影響され易いとのこと。これは菅首相の実現性の乏しい話を突然ぶちあげる癖を見ると、大いに思い当たる。いやいや、この筆者は随分と思い切ったことを書く人である。(びっくり!)

 この二人の確執を「ルーピー対ペテン師」の争いと決めつけ、不信任案をめぐって右往左往した民主党議員を、自分の頭で考えることをしない連中であると嘆く。そして「そういう連中を大挙して国会に送り込み、その頂点にルーピーやペテン師を据えた民主主義なるシステムは、諸悪の根源である。速やかに廃棄すべきである。よその国ではどうか知らないが、今の日本では使えない。」と只今の日本の民主主義そのものを断罪する。

 次いで著者は驚くべき提案をする。「よって私は、どうせどうにもならない民主主義は一時棚上げして、政権を陛下と自衛隊に託することを提唱するもので、ある。徳川慶喜が行った大政奉還と同じである。」そして「ヒトラーは、ワイマール民主制によって選ばれたのであって、軍のクーデターや君主の任命で総統になったのではない。」と締めくくる。

 思わず快哉を叫んでしまった。この論文を読んで、にっちもさっちもいかない日本の民主主義をどう改革していくかは今後の最重要課題であることが良く分かった。

 他に面白かった論文のタイトルを少し記してみる。この中では、武田徹氏の冷静で間然する所のない論文には、原発事故で現在のわれわれが置かれている状況がよく理解できて、感心させられた。
・「ゼロリスク信仰」から逃れられない国(武田徹
・風の道の罠―バードストライク梨木香歩
ヒトラーの命がけの遊び 国の死にかた(片山杜秀
・うろちょろするな、孫正義(大江舜)
民主党、この「逆立ちした権力欲」(佐伯啓思
 
 以下は、この論文に啓発を受けて考えたことである。
 現代の日本は、間接民主制の弊害が窮まった時代であると思う。もともとこの制度は、政治の専門家に国の政治課題を委託し、政治にかかる経済的コストを減らし、衆愚政治に陥らないためのものである。しかし、特に首相の選出に関して、昨今は民意と喰い違いが甚だしくなっている。政局の中で国民が関知しないところで愚かな首相が選ばれて行く政治プロセスを、指を咥えているだけの選挙民にとって、すでに政治が身にまとうべき正当性が失われてしまっている。

 直接民主制の最大の弊害である衆愚政治を排するための制度にも拘わらず、昨今ではサンプル抽出や質問項目のニュアンス操作などに不明朗さが感じられる大メディアの世論調査が大手を振って政治に影響を与えるようになった。当然この世論調査は胡散臭く、大メディアの恣意に左右されている可能性もある。これでは最悪の衆愚政治そのものではないか。

 国民的に信用を失墜している大メディアに民意を代表させる擬制を打破するためには、いっそ首相公選制にしたほうが公正で正義にかなっている。われわれは今後早急にそれを実現するための制度を整える必要がある。

 一緒に買った「Voice」8月号に興味深い記事があったので、ちょっと紹介しよう。
 それは「ハッカー集団『アノニマス』の脅威」という記事で、筆者は名和利男氏という人である。筆者の紹介記事によれば、名和氏とは、米空軍のアカデミーを卒業した後、航空自衛隊で防空指揮システム等のセキュリティを担当したという人物である。

 先ず、なぜソニーアノニマスに攻撃を受けるようになったかの経緯を克明に検証してから、匿名のハッカーによるサイバー攻撃は防ぐことができるかを分析する。そして、「ソニーの大規模な情報流出のような脅威は、もはや一部制御不能な状態になりつつあると言っても過言ではない。」とした上で、企業が行うべき対策を提案している。

 ハッカー集団の脅威はウィキリークス問題(国家機密の暴露)とともに、IT社会の大きな脆弱性として、今後真剣に考えるべき問題である。