「まだ生きてる」本宮ひろ志(eBookjapan 電子書籍)

このコミックは、日経ビジネスAssocié9月号の特集「今読むべき本」のpart3<ビジネスに効くマンガ>で知った。
 本宮ひろ志は、かなり以前に『サラリーマン金太郎』をマンガ喫茶で読みふけった記憶がある。
 本作品は、楽天から貰ったkobo touchでも読めるのだが、カラーの部分を見たかったので、eBookjapanのラインナップからiPhoneにダウンロードして読んだ。画面は勿論koboより小さいが、窮屈感は意外と少なく、十分快適に読めた。

 作品そのものは、想像していたものと異なり、一読やや期待を殺がれた感じ。
 会社ではうだつがあがらないまま定年を迎え、虎の子の退職金も愛想をつかした妻に持ち逃げされ、子供からも見放される主人公の状況設定は、多分多くの人が身につまされ、一定の共感を呼ぶことだろう。

 しかし、主人公が最悪の逆境から、不条理な社会に牙をむいて立ち向うのではなく、社会から隔絶した山奥で原始的な引きこもり生活を築き、その間自殺を図った美女を助け、その結果慕われることになるという、あり得ない展開となる。たまに、(警察など)社会との接点がある場合は、逆切れして手のつけられない状態となり、どうやら精神も病んでいることが推察できる。美女に対する対応や、飼っていたイノシシに寄せる愛情などは、人間としての優しさに溢れ紳士的で、生き抜いてゆくのに必要な非情さに欠け、これでは山奥にしても長く生きてはいけまい。

 こうした文明や都会と対極にある異界として閉塞空間は主に無人島を舞台とし、『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』、『漂流』(吉村昭)、『蝿の王』、映画『6デイズ/7ナイツ』などでも描かれる。本作品も無人島と同質空間の人里離れた山奥が舞台で、特に目を瞠るような展開はないが、この閉塞空間でとにかく生き抜くことを唯一の目的とした主人公を、解脱を求める人の姿と考えて、それなりに納得することにしよう。そう考えなければ、主人公があまりに哀れで救いがないからだ。
 この作品では、最後の主人公の死の場面が、最も心打たれる場面だ。死ぬ前の主人公の澄みきった表情は、明らかに解脱を遂げた人の表情である。この物語を、ビルドゥングス・ロマンと考えれば、また別の見方ができるだろう。

 山奥へ向かうために上野駅に来た主人公が、駅の案内板の、我孫子、天津小湊、余目(あまるめ)というところを見ている場面があるが、もしこの中から選ぶのであれば、列車が海岸を走っていることから考えると、天津小湊ではないだろうか。我孫子常磐線だから海岸は走らない。余目は新庄まで新幹線に乗り、そこから陸羽西線で酒田へ向かう途中にあり、やはり海岸は通らない。ただし天津小湊という駅名はなく、安房小湊駅だが、外房線で大原、御宿、勝浦と通るので、進行方向左側に断続的に海が見える。本宮ひろ志千葉市の生まれだから、多分〇(当り)だろう。
 天津小湊町は2005年2月に鴨川市と合併したが、日蓮の生誕地として有名であり、海岸を走る国道128号線から奥にはすぐ山が迫り、山上に日蓮ゆかりの清澄寺もある。

 私は、2001年ころ、およそ10ケ月ほどを天津小湊町(当時)に暮らしたことがある。その前に居た鹿児島に比べ、冬暖かく、夏涼しい、暮らしやすい気候の土地柄であった。国道に面した高台のアパートに住んでいたが、裏は山が迫り、鹿や猿が住んでいて、家の裏手をちょっと廻ると、すぐに鹿につく山蛭に随分吸いつかれたものだ。また、早朝にはアパートの屋根で猿が群れて騒ぐのに閉口した。今では懐かしい記憶である。