久生十蘭「顎十郎捕物帳」を電子書籍(青空文庫)で読む

この作品は過去に、創元推理文庫の「日本探偵小説全集8」で2回読んだ。それからしばらく経つが、ふと思い立って、今回は手に入れたばかりのiPad mini(リテーナ・ディスプレイ)に青空文庫リーダーをダウンロードして読み始めたが、面白さのあまり一気呵成に読み終えた。捕物帳では、やはり岡本綺堂の「半七捕物帳」と並ぶ優れた出来で、他の捕物帳とは一線を画す作品といえよう。(左は「日本探偵小説全集8」)

 全部で24篇、どの作品も謎に富み、気の利いたひねりがあって興趣は尽きない。中には解決不可能に思えるようなものもあるが(例えば『両国の大鯨』)、最後に見事一刀両断のもとにきっちり解決して見せる。顎十郎の頭脳の冴えはまことに鮮やかという外はない。それぞれに、卓抜なアイデアが盛り込まれており、読んでいて倦むことがない。想像力の欠如した並み居る私小説作家が盤踞する日本の文壇の中では、久生十蘭こそ、日本人離れした、一頭地を抜く稀代のストーリーテラーである。

 登場人物の性格描写も巧みで、叔父の森川庄兵衛や南番所の並同心藤波友衛など、肩肘を張った人物をのらりくらりといなす顎十郎の人を喰ったやり口がまことに楽しい。

 ただ、謎が解決したところで不意に作品が投げ出され、解決後の始末がほとんど書かれていない。この辺はやや物足りないが、作者は謎解きを果したところで、急に作品に興味を失ってしまうようだ。

 文章はまことに絢爛、登場人物たちの会話が、ある時はたたみ込むように、またある時は軽妙洒脱に、そして落語名人あるいは歌舞伎名人を思わせる巧みな呼吸術で頁に踊る。

 ただ僅か24作品しかなく、もっと読みたいと願っていたら、何と都筑道夫が「新顎十郎捕物帳」を書いているではないか。嬉しいことにこれも電子書籍講談社電子文庫)で読める。(こちらは無料とはいかないが。)登場人物も、阿古十郎(顎十郎)は無論のこと、ひょろ松、森川庄兵衛、藤波友衛、また大盗の伏鐘の重三郎までもが登場する。随喜の涙が溢れそうになる。